環境学

地球のために、自分のできることを -Think Globally, Act Locally-

今や実感レベルで切実な問題となった感のある環境問題。人が地球で生きる以上は避けては通れず、かつ問題は年々厳しさを増すだけに、これから環境について学ぶのは将来必ず有効になるだろう。
企業活動においても環境対応の有無が問われ、環境に優しくない企業は批判を受けるくらい、一般的な視点でも環境対応は必要という意識が高まっている。こと就職や将来性という人材のニーズという観点でも、これから需要はどんどん高まり、有望な分野と言えるだろう。

 無限の切り口をどう考えるか?

学問における環境学も、菌や微生物、マイクロプラスチックの問題といった顕微鏡レベルのミクロな視点から日常の問題、国家間の問題、地球全体の気候、ひいては宇宙規模の超マクロな議論まで、その視点は無限に広がる。さらに、いわゆる理系的なアプローチだけではなく、政治学、環境政策学や経済学、国際関係学など、社会科学から環境を考える方法もある。
だからこそ、学生諸君にとっては、文字通りどこから手をつけたものか分からないという声も多い。
もちろん、人間ひとりで扱える問題には限りがあり、逆にそれぞれの貢献の集約が環境問題の解決の鍵となる。どのあたりにフォーカスして学んでいくかは興味次第ではあるものの、まずはどんなトピックや問題が存在するのか、自分が興味を持てて、かつ自分が生かせる分野はどこかを学ぶところから始めていこう。

 大学によっても大きく内容が異なる

アメリカの大学では、規模の大きめな大学を中心に、Environmental Science(環境科学)専攻あるいは近い専攻が設置されているが、実は大学によってその内容は相当異なる。海に近い地域の大学では、海洋生物学や水質学など、海にまつわるトピックが多い。一方で農業が盛んな地域では、植物学や昆虫の生態学、土壌、バイオテクノロジー関連など、農学の延長線上としての環境問題を多く扱う。さらに、宇宙関係に強い大学では地球全体の気候変動についての専攻分野があるなど、大学の違いは、学問そのものにも影響する。地域の問題は大学で扱うべき問題(=研究費が多く出るということでもある)となるだけに、周囲を取り巻く産業や環境の違いによって、環境学の切り口も変わるということになる。
また、例えば環境そのものを理解するために研究するのか、特定の問題を解決するための技術を学ぶのかというだけでも、理学系か工学系かの違いが出てくる。
考える軸はいくつもあるのだが、どんな問題が存在するのか、大学初期で学ぶ必要がある一方で、興味の分野によっては選ぶ大学が変わるということにもなるため、やはり今からでも環境問題に関する知識は多いに越したことはない。もちろん、私たちに具体的に学びたい内容を伝えてくれれば、どのような大学が良いか一緒に考えることもできるだろう。
一方、いかに社会の役に立てるか、という観点ももちろん大切ながら、それ以前に自分に向いているか、そして学ぶことが楽しいと思えるかという点は絶対に外せない。どんなに役立つテーマでも、好きでないもの、向いていないものは続かないし、あなた一人で地球環境を変えるということは普通は無理だ。間違いなく生涯をかけての研究やチャレンジが待っているだけに、あまり頭でっかちにならずに、素直に面白そう、できそうと思った分野に挑戦してみよう。

 自由で強力なアメリカの大学は環境学を学ぶのに最適

アメリカの大学では、自らの学部専攻を在学中に自由に変更することができる。
実際に学び始めてからの印象や、学ぶ中でより興味を持った分野に移行していけるため、高校生のうちに進路を決めなくてはならないということは無い。また、上記の通り大学によっても強い分野が異なるだけに、学ぶ中でより深掘りしたい分野と出会ったならば、その分野の強い大学に転学(途中移籍)していくことや、学部(学士)と大学院で異なる大学で学ぶこともできる。
過去のこの分野の学生の中には、アメリカの大学の教授会の審査を経て、自分のオリジナルの専攻分野を立ち上げてしまった学生すら存在する。そのくらい自由な環境で、自分の興味をとことん追求していこう。

 日本の大学との違いは、基礎の土台の強さ

環境学は成り立ち上、複合的な分野(学際領域)であるだけに、アメリカの大学の基礎研究・基礎分野の教育の強みは学ぶ上でも大きな助けとなる。
日本の大学で環境問題に強いとされる大学の多くは、予算不足からある特定の狭い分野だけに絞る、あるいは成果の出た看板教授の研究に依存しており、それ以前の基礎研究・教育の土台が非常に弱い傾向にある。こういった大学の場合、自分の興味にピッタリ合っていればある程度満足はできるものの、学びや研究の幅に大きな制約がある。また、基礎のないまま各論ばかり学んでいる例も散見されるが、それでは最終的に自分の力にはなりにくい。
アメリカとの比較を語弊を恐れず例えれば、多くの日本の大学での学びは、あらかじめすべての旅程が決められた観光旅行であり、いくつかのオプションはあっても、完全に自由な選択とはいかない上に内容が浅いこともままある。一方、アメリカの大学は、大変ではあるものの、自分でどこに行くかを無限に組み立てられる一人旅と例えられるかもしれない。
他学部の授業も自由に履修することができ、例えば環境学と生物学、国際関係学と政治学といったように、一人で複数の学位を取得する(ダブルディグリー)も可能だし、それぞれの分野で多くの授業が開講されている。複雑に分岐した道の一本一本が、太い幹線道路であるならば、一人旅であってもよりスムーズに自分の目的の場所にたどり着けるというのは言うまでもないだろう。

 続いて、環境学を学んだ後の進路の展望について紹介

 将来活躍できる可能性のある分野は?

将来の可能性については、研究者、国連職員などの一般イメージにとどまらず、色々な可能性を考えていこう。特にこれからの時代、環境問題の解決は大きなビジネスになりうる。すでに世界で活躍する企業や、環境技術でスタートアップする企業も数多く登場してきており、その流れに続くこともできるかもしれない。一方、一般的な新卒採用では、商社やメーカーなどに進む学生が多いが、視野も切り口も様々と書いた通り、将来、あらゆる分野で可能性がある。
他方、学部の4年間で学べる範囲は予備知識、あるいは概論レベルまでという側面もあり、それぞれがテーマを持って、大学院で学ぶところが本番とも言える。予備知識だけで学部課程が修了するくらいの量を学ばないと、その問題について議論できないという分野もたくさんある。大学院進学については文系理系問わず、頭の隅に入れておこう。
もちろん、これらを全て英語で学ぶということは、忘れてはならないだろう。英語で授業をする大学は日本にもあるが、英語力に限らず、異なる人種との議論、違う環境での経験など、幅広くグローバル対応の人材になるための経験を積めることが、どれほど貴重かということを忘れてはならない。

 "Think Globally, Act Locally."

タイトルに書いた"Think Globally, Act Locally."(地球規模で考え、足元から行動せよ)という言葉は、今から50年前の、1970年代からある標語だ。決して環境問題に限った言葉ではないが、世界の問題に対する普遍的な解決策として、まずは自分にできる一歩を踏み出そうという意味で、広く使われている。環境問題という複雑すぎるパズルを解き、解決に進むために皆さんにできることは、まずは学ぶことである。
そして、「地球環境について取り組むのに、日本に閉じこもっているのは本末転倒」という意見に、異論は無いはずだ。日本にいたままで解決に取り組める問題もあるが、まずは外に目を向けるところから始めていこう。

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